まつの寺・芳春院




京都の北の西のほう、北区紫野にある大徳寺に行きました。
京都の中でもっとも洗練され、上品な空気のただようお寺なのではないかと思ってます。

「大徳寺」
京都市北区紫野にある臨済宗大徳寺派の大本山。
開山は1315年。そののち花園・後醍醐両帝の厚い外護をうけ、発展した。
足利義満の時代、幕府から冷遇され五山からはずされる。権勢に密着して世俗化し坐禅を捨てて漢詩文や学問の世界に沈潜した五山の禅を鋭く批判し、みずからは兀々(ごつごつ)と坐禅一道に徹し、当時の禅宗界に独自の立場をうちたてた。
応仁の乱で炎上し、一時期寺勢が衰退したが一休宗純(=一休さん)によって再興される。また村田珠光は、侘茶の創始にあたって一休に参禅し、これ以後、茶人の大徳寺禅への傾倒が盛んになった。
千利休が山門の上に「金毛閣」を造り、自分の木像を置いたために、秀吉の怒りに触れ切腹を命じられたという話は有名。また、秀吉が信長の葬儀を営み、寺領を寄進し保護したので、諸大名が競って塔頭(たっちゅう)を建立した。

白壁の掘に囲まれた中には24もの塔頭がある。それぞれに枯山水の庭園や由緒ある茶室など室町から江戸時代にわたる多くの文化財を持つ。
しかし常時拝観が可能な寺は、龍源院・瑞峯院・大仙院・高桐院のわずか4院。

というような歴史をもつお寺です。

普段は静かな大徳寺。なのに今日はバスツアーが押し寄せてます。
何があったのか??
人の集まるほうへ行ってみると・・・

そう。大徳寺には「まつの寺」があったのです。
なるほど。「利家とまつ」[website]ツアーなるものがあるのだろうか。

普段は公開されていない塔頭、芳春院[website]。
加賀百万石、前田家の菩提寺です。
前田利家が亡くなったあと、正室のまつが建立しました。

外門をくぐってしばらく歩くと、突き当たりには美しい土塀。

そしてまた、しばらく進みます。
訪れた日は曇っていて、写真も暗めに写っているけれど、本当は明るい路。

四季それぞれ、いつもかならず花が咲いているよう、いろんな花が植えられてました。
小ぶりの木、可憐な花や草が目立つ。
じつに女性的。

まつは秋明菊が特に好きだったのか、たくさん咲いてました。
枯山水の庭園にも、秋明菊が。




呑湖閣(どんこかく)。
金閣、銀閣、飛雲閣(本願寺)と合わせ、「京の四閣」と呼ばれているそう。 
二階建ての楼閣で、ここには前田家の先祖の菅原道真公をまってあるという。
池を渡した打月橋(渡廊下?)の曲線はとても優しいイメージ。


出家して、芳春院となった、前田のまつ。
おばあさんだ・・・
松嶋奈々子のイメージでいるものだから、やはりギャップが。




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